メンサでうつブログ

つらつらと思いついたことを書きます。

君の真(まこと)の名は?

 

最近インターネットでの過ごし辛さを感じることがあります。特に本名で発信するFacebookなどは、実社会とネットの社会が強く繋がりすぎていて、一言でいうと「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ…」という感じです。


自分がインターネットを始めたころ、インターネットは仮想現実というか、現実とは別の世界でもある、という印象で、それを自分は今も引きずっています。


そのため、アカウント名で別人格として自由に発言する場を求めてしまう傾向があって、まさにここでもそうです。


ユルユルなアカウント名で、ふわっとした繋がり感があるツイッターが人々に受け入れられているのを見ると、僕と同じ気持ちの人も多いのだろうとも思います。


具体的には、本名で思いっきり下ネタをつぶやく、なんてなかなか出来ないわけです。

次の日に職場に行って、「昨日、エグい下ネタで盛り上がってた人だ、、」と認知されるのはリスクな訳です。


そういう点で(それだけじゃないけど)、本名とは別のアカウント名って便利だな、と思います。


一方で、なんらかの事情でアカウント名と本名の紐付けが、公になってしまうこともあります。


そのアカウント名で何をしていたかにもよりますが、場合によっては社会的なリスクが伴うと思われます。


その意味で、本名とアカウント名の紐付けは、現代人にとって特に注意して隠さなければいけない事柄になっています。


この状況に陥っている事に気がつくたびに、ゲド戦記を自分は思い出します。


ゲド戦記の世界では、真(まこと)の名と、通り名を使い分けます。

主人公の真の名はゲドで、実はほとんどの人が知らないという設定。一般には仮の名であるハイタカと呼ばれます。


なぜそんなことをするかというと、真の名を知られると、真の名を知っている人に好きに操られてしまうから、なのです。


初版は1968年だそうで、当時もそんな状況があったのかな、と想像したりもします。(新聞に投稿する時の仮の名前とか??)

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・いまの若い人にはネットで本名を出すことに抵抗が無い人もいるようで、違いを感じます。


Amazonとかは、もちろん本名で登録なので、急にネットなのに現実世界という感じで、頭を切り替える瞬間があります。


InstagramFacebook傘下なので、ある時急に「これからはInstagramも本名にします」と言われる可能性もあるな、と思ってます。

InstagramFacebookに同じメアドで登録している人は、問答無用で本名になったりして。